バトゥール寺院の怪

 ゴングデというガムランがある。もちろん皆さんはご存知だろうが、この音にはノックアウトされた。こんな凄まじい音量は、後で録ったジャワのスカテンしか思い浮かばない。
 ゴングデはバリでもっとも古いガムランで、王家の消滅というか放出で各地に広がったそうだが、寺院ではバトゥールしかしらない。興味があればそういう文献を紐解いて欲しい。
 とにかく現場のバトゥール寺院まで行った。午後から始まるはずだったのだが、その日は地区の祭礼とやらで他の寺院に行くメンバーが多く、なかなか始められない。待つこと延々3時間以上。それでも招集がかかっており、他の寺院の祭礼を一部省いたそうな。申し訳ない。
 しかし、おかげさまでバトゥール寺院の奥の院まで誘われ、儀礼を受けることが出来たのはなんとも幸運だった。もちろん正装。これは他の録音スタッフも同様だが、奥の院はプロデューサーの私だけ。皆さんごめんなさい、ということでまあ秘儀を受けた。でも奥の院とはいえ、なんとも殺風景でした。
 結果これがとてもいい結果?を出してくれたのかもしれない。マンクや古老の話では、この辺りまで日本軍が来ていたとのこと。帰るのが嫌で残りたいといった者もいるらしい。そりゃきつい日本に帰るより、豊かなバリにいた方がはるかに幸せだと思うが、そうもいかなかったのだろう。同じような話は隣のロンボックでも聞いた。ともかく海軍が入った場所は親日だったようだ。
 その時の運転手は、あのオコラ盤を録ったジャック・ブルネの時も同道していた人物で、まだ子どもだったので大人の膝に座って聴いていたらしい。これはコーディネイトしてくれたMr・カレラン氏の話。あの時はもちろん儀礼も受けず、失礼なことがあったようで、その為にオコラ盤にはゴングの音が入っていないという。機会があったら聴いてほしい。
もっともジャック・ブルネはギャラ未払いなど様々なことがあって、インドネシアには入国できないと聞いているが、本当?。
 さてその録音だが、これぞ究極のメタルといいたくなる迫力。演奏家が片耳を塞ぎながらやるガムランなんて理解できます?。その分、ガムランの持つパワーを目の当たりにしたようで、2度とこんな録りは出来まいと思った次第。モスクでのスカテンとは全く異なるベクトルの音楽といえよう。あのアグン山大噴火の時、バトゥール寺院で溶岩をせき止めたというのも納得する。パワーにはパワーなのだ。
 マイク・セッティングとの関係も大きいだろうが、どの音を録るか、このセットの面白さ、魅力をどう録るかが私の仕事。トロンポンやゴングに主体を置いた音はかなり迫力があるとの自負はある。他の盤と聴き比べてみて。

星川京児(ほしかわ・きょうじ)
音楽プロデューサー。民族音楽を中心に様々なジャンルの音楽制作に携わる。代表的なものとしてはキングレコード『ワールド・ルーツ・ミュージック』『日本の伝統音楽』『ユーロ・トラッド』など。ビクター『禅レーベル』ポニーキャニオン『国立劇場30周年記念』他多数。著書は、『知ってるようで知らない民族音楽おもしろ雑学事典』(ヤマハ ミュージックメディア)、『粋酒酔音−世界の音楽と酒 の旅』(音楽の友社)など。
映画『敦煌』『ラストエンペラー』では、中国音楽のディレクターを担当。
NHKをはじめテレビ、ラジオ番組の司会や パーソナリティとしても出演多数。

Hoshikawa

KING RECORDS
ザ・ワールド・ルーツ・ミュージック・ライブラリー
バリ/バトゥール寺院のゴングデ
KICW-85106

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