奇妙なことだらけのバリ録音

 かつて作家の故・中島らも氏と雑談をしていた時、バリで不思議な体験の話になった。彼はホワイト・マジックの導師に会った時、彼の手が黄金色に輝いていたという。らもさんはそのエピソードを小説にしたらしい。たしか、他のドラッグ関係のものと合わせた短編集だったと思うが、いまは見つからないのではっきりしたことは言えない。
 蛇足だが、後に新宿でトークセッションした折りサゼッションした。ドラッグの話は、まず「聞いた話だが」という枕詞を付けよう、と。なにせ彼は麻取りに捕まって、出所してから間もない時だ。気をつけるのに越したことはない。だからデンパサールのマジック・マッシュルームから、サボテンのメスカリン、LSDetc,全て「聞いた話」である。くれぐれも間違いのないように。
 さて、私の方のバリは深夜のサヤン。『踊る島バリ』で知られるマンダラ翁の血を引く王家の出身、カレラン氏の別荘を借りての録音。1990年当時のバリはまだまだ静かだった。ただこの日はブラック・マジックの日でもあり、何が起こるか判らないともいう。そう言えば2週間以上あった録音で、唯一停電というのはこの日だけ。それもアートセンター?という当時としては最高のホールでのこと。他ではバッテリー録音も覚悟していたが、まさかの停電で「ジャンゲル・クダトン」というバリ最古のグループの音録りがそうなるとは。このバリ版『花一匁』。聴くだけでなく、観ても楽しめる芸だっただけに残念。そこから雨の中、サヤンまで車を飛ばしていざ録音。目の前にプリアタン王家の末裔がでんと座り、さあ演れというのだから、スカワティの巨匠、イ・ワヤン・ロチェン氏もさぞや緊張したのではなかろうか。
 録音卓は演奏家たちよりかなり離れた位置。つまり録音的には最良の場所である。プロデューサーなんていったん始まれば、時折ヘッドフォン・チェックするぐらいで、ほとんどやることがない。演奏が佳境に入ってきた頃、それは起こった。庭にある花が一本だけ演奏に合わせて踊っているのだ。ライトで確認したところ、動いているのはその一本だけ。根元をそっと掘り起こしても止まない。他のスタッフにも確認して貰ったが、状況は変わらない。
 セッション終了後、奏者やカレラン氏に話したところ、今日はそういう日だとのこと。といわれても……である。聞けば、この日には、実に様々なことが起こるというのだが、これはまたバリに行った時に聞いて下さい。
 これ以外にバトゥール寺院で、お祈りをしなかったフランス・チームの録音の不備だとか、録音最中に、スタッフが全員眠りに落ちてしまったガンバン。我々がデジタル蝉と呼んだハイノイズでの録音やり直し。200ボルトのはずが、100ボルトしか来ない電力事情など、現地録音の話はたくさんある。そんな逸話を少しずつでも紹介して行ければ幸いです。
星川京児(ほしかわ・きょうじ)
音楽プロデューサー。民族音楽を中心に様々なジャンルの音楽制作に携わる。代表的なものとしてはキングレコード『ワールド・ルーツ・ミュージック』『日本の伝統音楽』『ユーロ・トラッド』など。ビクター『禅レーベル』ポニーキャニオン『国立劇場30周年記念』他多数。著書は、『知ってるようで知らない民族音楽おもしろ雑学事典』(ヤマハ ミュージックメディア)、『粋酒酔音−世界の音楽と酒 の旅』(音楽の友社)など。
映画『敦煌』『ラストエンペラー』では、中国音楽のディレクターを担当。
NHKをはじめテレビ、ラジオ番組の司会や パーソナリティとしても出演多数。

Hoshikawa

KING RECORDS
ザ・ワールド・ルーツ・ミュージック・ライブラリー
バリ/スカワティのグンデル・ワヤン
KICW-85107

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