これぞバリのサロン・ミュージック

 全体的なイメージではバリのガムランは激しい。少なくともジャワの王宮ガムランの優雅さや、スンダのインドネシアっぽい庶民感覚と違う、いかにも島に根ざした強靱な主張を感じさせる。
 もちろん一村一品運動にも喩えられる多様性。地元の要請に応じて急激に変化する各種芸能。敬虔なバリヒンドゥーから娯楽色たっぷりのジャンゲル、バリ版花一匁だ。もっともこれは私が勝手に言ってるだけで、なんの根拠もない。他にも浄瑠璃のアルジャ、究極のリゾート・ミュージック、ティンクリックまでなんでもあり。おまけにその芸能も替わりまくる。かつての牛島純一の【素晴らしい世界旅行】の最終企画『あの村は今』を見ていたら、ほんの少し前まであったバリの芸能がもうかけらもなくて、他の村に行ってしまった、なんてことがしょっちゅうあったようだ。バリだけでなく、今はもう取材不可能なテーマが目白押しで、再放送を望みたい。戦前の録音を聴くとジャワが早くてバリが遅く感じるなんてこともあったのだから、これぐらいは当然か。
 かくも多様なバリの音楽で、個人的に一番好きなものはと問われても答えるのは難しい。重量感ではゴン・グデ、楽しいジョゲブンブン、通常の音楽の域を超えているガンバンや、強烈な睡眠効果を持つアンクルンetc。なんでもありだが聴く時の状況でも違ってくる。
 サロン(ガムラン・ルアン)は。いわゆるバリのスピード感を全く感じさせない、珍しい響きを持ったガムランだ。とはいえ一聴してバリ以外の何物でもない。似た音を探すと中部ジャワは、王宮のガムランからグンデンボナンか。音は違っても、どこか催眠効果を持つのは同じ。
 主流はサロンというぐらいだから青銅の鍵盤だが、面白いのはチャルックという木琴が混ざり合って、どこかタイのマホーリーを思わせるゆったりとした優雅さを持っていることだ。催眠効果のほどは、葬礼楽ということもあるのかもしれないが、ガンバンのように異次元に誘うものではない。
 録ったのはシンガパドゥで、小川に囲まれた小さな森の中。木の葉が反響と吸音を交えたいいようもない効果を出している。まあ、細かく見れば川面にはゴミもあり、側には工芸品の工場(こうば)もあったが、そんなものは関係ない。バリが東南アジアだとあらためて感じさせた心地よさ。
 この味わいは他のガムランからは得られなかったもの。グンデンボナンのような高揚感がない代わりに、かくもミニマルの鎮静作用を与えてくれる響きはあまりない。皆川さんが解説で触れているように「まるで大河を下る帆船のように」という表現がすべてを顕している。
 サロン・シンガパドゥ、ゴンクビやジェゴグに疲れたらお奨めの1枚である。

星川京児(ほしかわ・きょうじ)
音楽プロデューサー。民族音楽を中心に様々なジャンルの音楽制作に携わる。代表的なものとしてはキングレコード『ワールド・ルーツ・ミュージック』『日本の伝統音楽』『ユーロ・トラッド』など。ビクター『禅レーベル』ポニーキャニオン『国立劇場30周年記念』他多数。著書は、『知ってるようで知らない民族音楽おもしろ雑学事典』(ヤマハ ミュージックメディア)、『粋酒酔音−世界の音楽と酒 の旅』(音楽の友社)など。
映画『敦煌』『ラストエンペラー』では、中国音楽のディレクターを担当。
NHKをはじめテレビ、ラジオ番組の司会や パーソナリティとしても出演多数。

Hoshikawa

KING RECORDS
ザ・ワールド・ルーツ・ミュージック・ライブラリー
バリ/シンガパドゥのサロン
KICW-85113

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