デジタル蝉のビノー

 日本で人気のあるバリのガムランと言えば、まずゴン・クビヤールだろう。なにせ
派手で、構成が明確。これぞガムランとう精気と迫力に満ちている。といっても、実
際に売れているのはスマルプグリンガン。だったかなあ。
 まずは踊りが付いているというのが強い。実際には音を楽しむ人の方が多いはずだ
が、愛好家人口を数えて(実際には数えていない)みれば、この国になんとバリ舞踊の
教室が多いことか。実態は判らないが、どこにも教習所があり、カルチャーセンター
にも進出、とういうか多かった。今は知らない。実はこのことは印度舞踊でも同じ。女
性の方がどんなものにも踊りには積極的だ。
 そこで考えたのが、踊りのナンバーの選曲で編集したCDを売り出すこと。企画も
通り、出したところ全く売れない。便利とは思ってくれたようだが、なにもオリジナ
ルCDなど必要ないし、それをテープにダビングすれば済むこと。音楽ファンと同じ
ように考えた我々が馬鹿だった。踊りの練習なら、たしかにカセットで十分。ライヴ
でも日本では伴奏は音だけで十分なのだから。
 ともかく、音楽としてスマルプグリンガンは素晴らしい。何度も来日したグヌン・
ジャティを筆頭に、浸透してきたのも事実。だからスマルプグリンガンがガムランと
いうイメージが出来たのかもしれない。ヴィクター盤に続いて出したのが同じグルー
プなのだから。
 さて同じスマルプグリンガンのビノーである。この魅力をどう伝えよう、と外部の
私ですら考えてしまう。大きな意味合いでシブい、というかある意味、抑制された音
なのだ。バリでの評価はとても高い。しかしテープで聴いても伝わりづらいのも事
実。金属でありながら耳をあまり刺激しない。その代わり、倍音が霞のように降り注
いでくる。あのワヤン・ロットリング薫陶を受けた演と王家から賜ったガムランの名
器の相乗効果か。なにせ音が纏わり付くなんてガムランは初めて。これは癖になる。
じっくり聴くと言うより、どんなオーディオでもいいから時間のある限り浴びるとい
い。
 現場で困ったのは、これまた電源を電線から取らざるをえなかったことだ。まあ、
一種の盗電なのだが他でも色々やらざるをえなかった。いずれも現地の人たちの対応
なので、そこのところは勘弁。おまけに夜なのに蝉が鳴く。その音がデジタルノイ
ズ。これでは我々の録音ミスとして扱われてしまう。とはいえ、どうやって追い払え
ばいいか判らない。
 実際、バイクや車の音が一番困るのだが、自然の音もけっこう手こずる。ジャワで
は演奏が始まったとたん、蛙の大群が寄ってきて大変だったし、ある時は犬、また田
圃から帰ってきたベベック。これをいかに静かに追い払うか、もしくは温和しくさせ
るか、なんてことが必須だったりする。まあ、これはインドネシアに限ったことでは
ない。
 バリ=けたたましい、という図式は吹っ飛んでしまう。聴くべき音だと思う。

星川京児(ほしかわ・きょうじ)
音楽プロデューサー。民族音楽を中心に様々なジャンルの音楽制作に携わる。代表的なものとしてはキングレコード『ワールド・ルーツ・ミュージック』『日本の伝統音楽』『ユーロ・トラッド』など。ビクター『禅レーベル』ポニーキャニオン『国立劇場30周年記念』他多数。著書は、『知ってるようで知らない民族音楽おもしろ雑学事典』(ヤマハ ミュージックメディア)、『粋酒酔音−世界の音楽と酒 の旅』(音楽の友社)など。
映画『敦煌』『ラストエンペラー』では、中国音楽のディレクターを担当。
NHKをはじめテレビ、ラジオ番組の司会や パーソナリティとしても出演多数。

Hoshikawa

KING RECORDS
ザ・ワールド・ルーツ・ミュージック・ライブラリー
バリ/ビノーのスマルプグリンガン
KICW-85104~5

Binoh