音楽に刻印を/ミナンカバウ

 どこにもその地域を代表するものがある。芸術だったり芸能だったりなににでもあ
るはずだ。加えて、そこにしかない刻印のようなものが見える。彫刻の曲線だったり
色使いがあれば、独特のメロディ、フレーズのこともある。
 多彩な音楽文化を持つインドネシアだが、一つのメロディに拘るという意味で驚い
たのが、西スマトラはミナンカバウ族。大編成ガムランこそないが(タレンポンとい
うゴングは使う)舞踊や独特の笛文化を持つ民族だ。
 なにせ世界最大の母系社会ともいわれるミナン。だから男は商人として国中に広が
り、有名なパダン料理を世に知らしめた。かくいう私も地元の飯に疲れたらパダン料
理屋へ。皿から手に付けたものの分だけ払うから合理的。美味くて安いのだから流行
らないわけがない。パダンでは、乾物や果物なども含めてその種類に圧倒された。
 閑話休題。ところがなぜか民謡?独特のメロディはミナンから出ない。現地で買い
まくったTANAMAのカセットには嫌というほど入っているのに。とにかく、同じメロ
ディのジャズやポップスには何とも不思議な魅力があるのだ。
 面白いのは笛。30年以上前には路上で笛売りが売っていたのだから、彼らには身近
なものだったのだろう。リコーダーのような縦笛から、水牛の角を付けた細竹に逆切
り込みを入れたリード管など実に多い。スポーツ・ショップ、つまり楽器屋では民族
ものはルバナかガンブスで、笛がないんだよなあ。
 極めつけはサルアンという長い竹笛。というか指孔の付いた筒である。循環呼吸法
で延々と続けるから、切れ目のないミニマル・ミュージックでだ。これにユニゾンの歌
が加わってサルアン・ジョ・ドゥンダンというジャンルになる。おまけに音階も変、
いや変わっている。西洋音階には当てはまらないペンタトニック音程だから、聴いて
ておかしくなることも。シンプルな皿踊りのメロディとはおよそかけ離れている。一
種のトリップとしてもお勧め。これで捕まることはないのは保証する、けど意味ない
なあ。
 自分で聴いた笛のデュオ、なぜか本人はバンスリと呼んでいた縦笛演奏など、ほと
んど現代音楽。あらためてテープを聴き直してみても、この前衛的な感覚は他に見当
たらない。場所はブキッティンギ。高原の美しい街で長期滞在の白人も多った。涼し
いのはいいが夜の寒さは辛い。呑む場所にも事欠かないのでまあいいか。テレビでは
エリートが逢い引きしてたような場面があり、ここはスマトラの軽井沢か、と納得。関
係ないけど、スマトラってアチェもあるから酒にきついと思っていたが、西スマトラ
もリアウでも雑貨屋でウイスキーやビールも売っていた。
 マルコポーロの文献だったか、マジャパヒト王国以前には椰子酒が有名だったみた
いだが、これは見なかった。行ってみても面白い所である。

星川京児(ほしかわ・きょうじ)
音楽プロデューサー。民族音楽を中心に様々なジャンルの音楽制作に携わる。代表的なものとしてはキングレコード『ワールド・ルーツ・ミュージック』『日本の伝統音楽』『ユーロ・トラッド』など。ビクター『禅レーベル』ポニーキャニオン『国立劇場30周年記念』他多数。著書は、『知ってるようで知らない民族音楽おもしろ雑学事典』(ヤマハ ミュージックメディア)、『粋酒酔音−世界の音楽と酒 の旅』(音楽の友社)など。
映画『敦煌』『ラストエンペラー』では、中国音楽のディレクターを担当。
NHKをはじめテレビ、ラジオ番組の司会や パーソナリティとしても出演多数。

Hoshikawa

KING RECORDS
ザ・ワールド・ルーツ・ミュージック・ライブラリー
ミナンの風〜西スマトラのサルアン
KICW-1080

minan