踊り踊るなら…グヌン・ジャティのスマルプグリンガン

 バリ・ガムランの魅力といっても人によって様々だろう。近年は、いきなり現地で経
験して、そのままファンになってしまうということも多いようだ。通常のツアー、と
いっても私には経験がないのだが、旅行会社が用意してくれたホテルのチャーター。
それなりに巧いはずだし、時間もコンパクト。世界を観てもこんなに伝統芸能を楽し
める所はない。自分でも演ってみようというのも判らなくはない。しかし編成の大き
なものは一人では出来ないし、音楽システムの理解や楽器の習得にも時間がかかりそ
う。
 ということで、だいたい歓迎の華麗な舞踊のペンデッあたりで嵌まってしまい、
ひょっとしたら、そのまま脱サラして現地で習い、帰国してダンス教室という泥沼状
態になってしまったということもあるようだ。いずれにせよ、若い女性たちの思い切
りの良さには感服する。
 まあこれはバリに限ったことではなく、インドもそう。かつてはフラメンコ・ダン
スが筆頭だったのだが、あまりにポピュラーになったのか最近は叔母さんたちの社交
場と化している。ベリーダンスのセットものを作ったとき、参考にいくつか見せても
らったが……。その点バリ舞踊は伴奏もCDで出来るし、一人でも演れるのだからい
い。
 とはいえ仕事は音楽製作。やっぱりいいものを聴いてもらいたい。そこで今回はグ
ヌン・ジャティ。ビノーとは違った意味で洗練されたスマルプグリンガンだ。第2期
黄金期ともいえる80年代後期からは何度も来日し、録音も多い。もともと宮廷舞踊の
伴奏として発展したという側面もあるからこの手のレパートリーはお手の物。
 なかでも、『レゴン・ラッサム』は白眉。40分を超えるという大作。リハーサルも
入念だったし、ゲネプロまでやったフィールド・レコーディングはちょっとないだろ
う。それにしてもあの幼いともいえそうな踊り子たちが、よくあれだけの長丁場をこ
なせるものと感心した。ほとんどは舞踊を頭から消して、音に集中するのだが、この
時はその緊張感の持続に驚嘆した。
 もちろん舞踊曲だけではない。バリのベートーヴェンことワヤン・ロットリング作
品の名演奏も入っている。オコラから晩年の本人盤が出ているが、若干の衰え、いや
枯れたというべきか。やはりバリは勢いが大事。
 彼らのガムラン会場というか、木々に囲まれた森は、木漏れ日のような反響も相まっ
て、何ともいえない魅力がある。スタジオでは出せない音響空間を再現できたと思っ
ている。だからベベックの帰還をいかに静かにしてもらうか、バンジャールの番犬た
ちに遠慮してもらうかというったことに、現地関係者に汗をかいてもらい、結果が出
せたと思っている。
 演るのも観るのもいいけど、時には音をしっかりと聴いてほしいのです。

星川京児(ほしかわ・きょうじ)
音楽プロデューサー。民族音楽を中心に様々なジャンルの音楽制作に携わる。代表的なものとしてはキングレコード『ワールド・ルーツ・ミュージック』『日本の伝統音楽』『ユーロ・トラッド』など。ビクター『禅レーベル』ポニーキャニオン『国立劇場30周年記念』他多数。著書は、『知ってるようで知らない民族音楽おもしろ雑学事典』(ヤマハ ミュージックメディア)、『粋酒酔音−世界の音楽と酒 の旅』(音楽の友社)など。
映画『敦煌』『ラストエンペラー』では、中国音楽のディレクターを担当。
NHKをはじめテレビ、ラジオ番組の司会や パーソナリティとしても出演多数。

Hoshikawa

KING RECORDS
ザ・ワールド・ルーツ・ミュージック・ライブラリー
バリ/グヌン・ジャティのスマルプグリンガン
KICW-85108~9

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